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一年に一枚と一本宣言 

袷の季節になってから久しく時間が経ってしまったが、今年最後の単衣の記録をつけておこう。去る8月から9月にかけて日本に帰っていた間、案の定お着物屋さんへ向かう足を止められず、購入したばかりの単衣に袖を通し、いそいそと出かけている私の後姿が下の写真である。

kyoto1.jpg akeさまにご案内いただいた京町屋、杉本家

着物の先輩に進めていただいた綺麗な色の小紋はおそらく自分では選べていなかった初めての柔らか物の単衣。唐織の帯はいわゆる「衝動買い」であったが、手持ちの着物に合わせやすそうだ。草履の鼻緒はお店のご主人に「これにしとき」と言われ、素直にうなずいたものである。

全てとても気に入っているけれど、やっぱりこういう贅沢には少し後ろめたさを感じてしまう。お値段だってどちらかと言えば可愛らしい部類だが「チリも積もれば。。」という言葉が頭に浮かぶ。でも、せっかくの機会だし、少しまけてもらったし、最近仕事頑も張ったし。。自分を上手になだめて、おだてて、丸め込み、たとう紙をうちで開ける頃にはちゃっかりワクワクしているのである。

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私はタバコを吸わないが、「禁煙宣言」をするスモーカーの気持ちがわかるような気がしている。公言することによって自分の手を縛ってしまいたいのだろう。この場を借りて私も「一年に一枚と一本宣言」をしてみたい。今後は一年の間に、一枚の着物と一本の帯しか作らない、という意味である。洋服感覚でお着物を買い集めてしまったこの2年半。勉強代は結構高くついてしまった。ニコチン依存者はタバコを吸わないと手が震えたりするというが、着物依存症の禁断症状とは一体どのようなものなのだろう。それらしき症状が出たら又ここでご報告したい。

紅染の衣に似たれば 

古典の成績は今一パッとしなかった私だが、やはり女子高生として平安時代の女流歌人には人並みの興味を持っていたように思う。興味を持っていたといっても紫式部が清少納言について書いた悪口だとか、女性の見栄や嫉妬など今も昔も変わらぬ人間臭い部分に魅力を感じていたという程度である。そんな文学度が極めて低かった女子高生を少し振り向かせてくれたのは清少納言より年下、紫式部より少し年上で、藤原道長から「浮かれ女」と評されたという才媛、和泉式部である。

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黒髪のみだれもしらずうち伏せばまづかきやりし人ぞ恋しき
(黒髪が乱れる事も気にせずに床にうち伏せていると、この髪をかき撫でてくれたあの人が恋しくなります)

この作品のように艶っぽい秀歌が多く、恋がわかったような気になっていた17歳の私は敏感に反応したようである。人の妻の身でありながら冷泉天皇の第3皇子為尊(ためたか)親王と恋に落ち、偽尊親王没後、その同腹の弟、敦道(あつみち)親王から寵愛をうけ、宮廷に迎え入れられた和泉式部。教養高い貴公子に次のような歌を作らせた女性である。

われが名は花盗人(はなぬすびと)と立たば立てただ一枝は折りて帰らむ
(たとえ花盗人(他人の妻を奪う人)と呼ばれても、この花一枝(和泉式部)は私が折っていこう)
  
敦道親王との恋歌の応酬を綴ったのが「和泉式部日記」だが、これを題材にしたSalvatore Sciarrinoによる創作作品、「Da gelo a gelo(ダ・ジェロ・ア・ジェロ=寒から寒へ)」がオペラ・ガルニエで公開された。イタリア人作曲家のSciarrinoは十代の頃から俳句に親しんでいたというジャポンフィル(Japonphile 親日家)であるらしい。

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よの中に恋てふ色はなけれどもふかく身にしむ物にぞありける
(世の中に恋という色はないけれども、こんなにも深く身に染みるものなのですね)

この時、敦道親王は23歳、和泉式部は30歳少し手前であり、敦道親王が27歳という若さで他界するまで2人の関係は続いたとのこと。この当時は今に比べると短命な時代だが、時間の流れ方がゆるやかで、若くして人生を深く見つめ、思いをはせる機会も多く、物を感じ取る力も研ぎ澄まされていたのだろう。そんな時のあり方を丁寧に伝えた創作オペラである。

このオペラの際に袖を通した単衣紬に合わせた帯は着物の大先輩にいただいた紙子の帯である。絹のように虫を殺さず、女手をわずらわせずに修行僧が作った紙衣は仏の戒律にかなった衣料として1000年以上も前から使われていた、とある本に書いてあった。もともと紙は朝廷や仏僧のみの貴重品であったが、江戸時代からは大量に市場に出回り、麻などに比べて風を通さない防寒着として庶民に愛用されるようになったらしい。

和泉式部の和歌の中で私がとても愛らしいと思うのが次の恋歌である。

岩つつじ 折りもてぞ見る 背子(せこ)が着し 紅染(くれなゐぞめ)の衣に似たれば

「あの人が着ている紅染の衣の色に似ているので、つい、岩つつじを折ってきてしまいました」と謡っているのである。若い男性が着ていた意匠の色ならこの紙子の帯くらいの紅色だったのかもしれない。女子高生でなくなって久しくたった今、さらに感情移入できる歌である。

LDCのGNPやGNHって 

限りなく飛行機を乗り継いでこんな場所に行っていた。南太平洋にあるサモアという国である。LDC (Least Developed Countries=後発開発途上国)と呼ばれる開発途上国の中でも特に遅れているとされている国のひとつである。

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国の豊かさはGNP(Gross National Product=国民総生産)やGDP(Gross Domestic Product=国内総生産)などよって測る、と学校の授業で習ったが生産量ではなく「幸福」によって生活水準を測るGNH(Gross National Happiness=国民総幸福量)という概念をブータンの国王が1972年に提案したという。

英国のあるNGOが去年試みた「地球幸福度指標」によると178カ国中、日本は95位、GDP世界1位の米国は150位であるらしい。幸運度をどのように測っているのかは不明だが、目が合うたびに見ず知らずの私にも微笑んでくれるサモア人と朝の通勤メトロに乗ったパリジャンの表情には明らかな違いがあるようだ。

パリに帰ってきて以来インターネットの調子がずっと悪くイライラしていた私は典型的なGNH低めなDC*の一国民なのかもしれない。インターネットが繋がらず、お返事が大変遅くなり申し訳ございませんでした。コネクション復活いたしました。

*DC = Developed Country = 先進国

AFRICAN WOMEN 

この数ヶ月、フランス国民の政治意識が一気に上がった大統領選挙。「フランス初女性大統領誕生ならず」のニュースを出張先の西アフリカで知った。

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アフリカでは現在も5人のうち2人は読み書きができず、その内の3分の2を女性が占めるという。それにもかかわらず多くのアフリカ諸国では欧米よりも女性議員の数が多いという一見矛盾した事実は、女性の教育が当たり前ではない国に生まれながら、高等教育を受けた女性の意識の高さを表しているのだろう。

途上国でいつも私が見惚れてしまうのが女性達である。何世紀にもわたり、その土地の気候、肌の色や生活様式に一番合うよう工夫されてきた衣服を今も当たり前に身にまとっている彼女達の姿は凛々しく、独特の美しさがあり、日本が失ったものの大きさを痛感する。

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「着だおれの地」と言われる西アフリカにあるセネガルとガンビアでは女性達は色彩鮮やかなプリント柄に身を包んでいた。両国とも大多数がイスラム教徒だが、体を覆い隠すチャドルを着用した女性はほんの数人目にしただけである。ほとんどの女性が艶のある黒い肩や胸元を原色のドレスから覗かせていた。西アフリカ・ワックス・プリントと呼ばれる布はロウケツ染めによる両面染めで、インドネシアのジャワ更紗の技術がルーツであるらしい。デザインは少しキッチュで遊び心があるものが多く、数ある布屋さんを飽きずに見て回った。

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色的にも模様的にも日本の意匠の感覚からは少々かけ離れたものである。でもどうしても帯にする布を持ち帰りたい。結局、目にしたものの中でおそらく一番地味であった紫と浅黄色をあしらった布を気に入って購入した。6メートルで175ダラシス(800円)也。

右上は和傘にしか見えないデザインに心を打たれ衝動買いしたものである。今は着こなせる自身はないが、白髪のおばあちゃんになってからこんな帯をしたら可愛いかもしれない。私がおばあちゃんになる頃にはアフリカの女性の識字率が改善されていることを願ってやまない。そして私がおばあちゃんになっても西アフリカの女性には凛々しくワックス・プリントを纏っていて欲しいと強く思う。

お誕生日じゃない日の歌 

「不思議の国のアリス」の中で三月ウサギと気ちがい帽子屋が「お誕生日じゃない日」を祝うお茶会のシーンがある。

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THE UNBIRTHDAY SONG・お誕生日じゃない日の歌

君と僕とが生まれなかった日
なんでもない日 万歳!
誕生日は1年に1度っきり
でもなんでもない日は364日ってことは
年がら年中お祭りだ!
さあ ロウソク消したら願いが叶う 幸せやってくる
なんでもない日 おめでとう!


ディズニー映画では面白おかしく描かれたお茶会のシーンである。ルイス・キャロルが原作を書いたヴィクトリア時代は「Mad as a march hare(三月のウサギぐらい狂っている)」と「Mad as a hatter (帽子屋ぐらい狂っている)」という表現は一般的なものであったらしい。前者は三月の発情期になると狂ったように飛び回ることから、後者は帽子を製造する工程で使用する水銀のために体が震えたり、幻想を見たりする症状が帽子屋に見られたことからだという。

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もうひとつの誕生日プレゼントの九寸名古屋帯。花菱の地紋に桜や菊、笹蔓、七宝などの唐織花横段模様。

昨日の私の誕生日は大切な人達のおかげで本当に特別な一日となった。いっぱい笑って、沢山愛情をもらって、何回も「ありがとう」を繰り返した一日。でもお誕生日が過ぎた今日だって大事な人達がいて、お天気が良くて、ごはんが美味しくて、紫陽花が綺麗に咲いている。

「なんでもない日、バンザイ!」とお祝いできる三月ウサギと気ちがい帽子屋は本当はそんなに狂っていないのかもしれない。私ももっと「お誕生日じゃない日、おめでとう」と言えるようになりたいと思えたお誕生日の日であった。

photos: kimonoichiba.com
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