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着物はじめ 

まだクリスマスの飾りが街中に残っているパリであるが、そろそろ暦では晩冬が過ぎようとしているようである。先日お茶のお稽古に行く前に歳時記に目を通していたら旧暦で今頃の時期のことを春待月(はるまちづき)というと学んだ。最近は毎日があっという間に流れ、このままでは一度も着物に袖を通すことなく立春になってしまいそうな気配である。

時間の長さは今まで過ごしてきた年月の長さによって感じると、どこかで読んだことがある。例えば5歳の子供にとっては1年は20%だが50歳の大人には2%にしか感じられないということだ。なるほど、小学生の頃は一年間が永遠とも感じられたのに、今では知らぬ間に数年経っていたと嘆くはずである。

時間の感覚には他にもいろいろな説があるようで、私が納得するのが好奇心との関係である。初めて歩く道では行きよりも帰りのほうが短く感じられるのが通常だという。初めて見る風景には好奇心がわき、多くの情報をキャッチしようとするが、すでに見た風景には興味が薄くなる。多くの景色を頭にインプットした時のほうが、風景を横目で見過ごした時よりも時間が長く感じるという研究結果があるとのこと。子供は大人に比べて、日々見るもの聞くものが新鮮であり、好奇心が多いことが時を長く感じさせているということであるらしい。

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名古屋帯に仕立て直した母の若い頃の着物を、父が年末に沢山のお土産と共に持ってきてくれた。前身頃のシミがどうしてもとれず、着物好きにならなかったら、おそらく捨てられていたであろう母の小振袖である。今頃の時期を旧暦では梅初月(うめはつづき)とも呼んでいたと歳時記で知り、日本庭園をふと覗いてみると紅いつぼみが開いていた。茶道への興味が芽生えていなかったら見過ごしていたかもしれない紅梅である。どうも好奇心とは時間の流れをゆっくりにしてくれる他にも色々なききめがあるらしい。好奇心が持ってきてくれたこの帯を、今年の着物始めに締めてみよう。
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