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女心と秋の空 

私のあまり女性らしくない部分として、可愛いらしい小物やアクセサリーをほとんど身に着けない、というのがある。話し方のせいか「ぶりっ子っ」などと言われたこともあったが、自分自身は少女の頃からあまりにも甘すぎる趣味のものは敬遠していた記憶がある。

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着物に興味を持ち始めたのはここ数年だが、特に着物では渋めに惹かれる傾向が強かった。今まで何回「もうちょっと可愛らしい色のんにしときよし」と言われただろう。それにもかかわらず好みは決まっているつもりでいたが、最近自分の心変わりに気づきつつある。

上は年末年始に京都で選んだ和装小物達である。右からぴぐさんの赤蝶々帯揚げに魅了され、真似して購入したゑり萬さんの飛び絞り、一目惚れしたきねやさんのバラ匹田絞り、先日の白結城と合わせた紬の帯揚げ、そして伊勢丹さんのセールで見つけたものである。 こうして並べると明らかに最近は可愛らしい色ばかりに目がいっているのがわかる。一年前に購入した下の帯揚げ達と比べると好みの変化が一目瞭然である。

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男性の趣味で例えると竹中直人からブラッド・ピットに好みのタイプが変わった感じか。
我ながら心変わりもはなはだしい次第である。
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白結城で、志村ふくみ展 

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志村ふくみ「楽浪(さざなみ)」滋賀県立近代美術館所蔵 美術館HPより

先般の帰洛の際、ake様のお陰で滋賀県立近代美術館での志村ふくみ展に足を運ぶことが出来た。滋賀県近江八幡生まれの志村氏は地元にあるこの美術館へ多くの作品を寄贈されたという。素朴な優しい色や、これが草木染かと目を疑うほど鮮明な色など、志村氏が自然から「いただく」という色彩には見惚れるばかりである。

写真がなくて残念だが、とても印象に残った作品は志村氏が「思わず深入りした」と言う「源氏物語シリーズ」の「夕顔」と題された紬である。藤色の色無地と思いきや、袖と上前に市松模様が織り込まれている。たしか「源氏物語」の構想は紫式部が滋賀県にある石山寺で練ったものである。来年はこの小説が記されてちょうど1000年が経つという。

「夕顔」の余韻が残っていたのか、翌日書店で「源氏物語・現代京ことば訳」を手に取った。「ほんまに、どこに、こうまで心惹かれるのやろと、何べんも何べんも思いやす。」(夕顔の巻)という具合である。一方、「たまゆらの道」は志村氏がお嬢さんと染織源流の地を尋ねた紀行で、前から読みたかった随筆集である。玉響(たまゆら)とは、「玉が触れ合ってかすかに音をたてる」ことで「一瞬」や「かすか」という意味を持つらしい。

この日の着物は父方の伯母から譲り受けた結城で、50年程も反物のまま桐箱の中で眠っていたものである。友人が見繕ってくれた卵色の八掛けに合わせた紬の帯揚げと先日いただいたばかりの刺繍名古屋帯を締めてみた。今回はとんぼ帰りだった京都。普段のパリの生活に戻った今、帰洛の思い出は「たまゆらの夢」のようである。


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(左)「たまゆらの道・正倉院からペルシャへ」 志村ふくみ、志村洋子 世界文化社
(右)「源氏物語・現代京ことば訳」 中井和子 大修館書店
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