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クリスマスの義理チョコ 

クリスマス前のパリはちょっとした緊急事態である。イルミネーションが街を飾り、市役所の前にアイススケートリンクがオープンすると、街中はあわててクリスマスショッピングをする人で溢れかえる。12月は、あのフランス人がデパートを日曜日にも営業してしまう程、一年で一番の仕入れ時なのである。

この国ではやはり多くの人にとって家族の大行事であるようだ。イブの日には親戚が集まり、夕食を一緒にとり、プレゼントを渡し合う。お正月の親戚の集まりで子供たちにお年玉を用意するのと似ているのだろう。気持ちはどうであれ、あげないと親戚一同にひんしゅくをかうのは火を見るより明らかである。

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そんな親戚同士の義理チョコに少しうんざりしていたところ、取決めとは関係のない贈り物をいただいた。「あかねさんに似合うと思って」と手渡されたのは西洋刺繍のほどこされた塩瀬名古屋帯である。送り主はヨーロッパ着物生活の大先輩であり、私が着物に目覚めたきっかけを作ってくださった方である。「グレーの渋いお着物なんかに合わされたら絶対素敵」という言葉を思い出し、鼠色無地紬の反物に重ねて写真を撮り、お礼の手紙に同封した。

私は毎年どれだけ取決めではないプレゼントを贈れているのだろうか。相手にどれだけ喜んでもらえる贈り物ができているのだろうか。
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アクロポリスで考えた事 

ギリシャの首都、アテネの漢字表記は「雅典」と書くらしい。私にはまず読めないが意味としてはこれ以上適切なものもないだろう。出張で数日の滞在だったのだが、パルテノン神殿までは足を伸ばせる時間があった。紀元前5世紀築のこの建物はやはり「雅」であり西洋文化の「典」である。

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アクロポリスを歩いていると同僚のギリシャ人が「どうしても取り返さないといけない」と繰り返す。およそ200年前、古代ギリシャ芸術に魅了されたイギリスの伯爵、エルギン卿(Lord Elgin)が、アテネからイギリスに運び出したパルテノン神殿の彫像やレリーフ群のことである。1830年の建国直後からギリシャ政府はイギリスに対して返却を求めているが、この彫刻群は現在も「エルギン・マーブル」として大英博物館の著名なコレクションのままである。

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「略奪美術品」という言葉はルーブルやメトロポリタン美術館のエジプトコレクションなどにも良く用いられる。それぞれに込み入った歴史的背景があり、現在の価値観だけで良し悪しを決めるのも無理があるだろう。エルギン卿が10年もの歳月をかけてせっせと美術品を母国に運んでいた頃のギリシャはトルコ(オスマン帝国)の支配下にあり、イスラム教のオスマントルコ政府は異教徒の文化遺産であるパルテノン神殿を重視しなかったのか、当時の政府はエルギン卿の強奪作業を黙認している。

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でもやはり自国の文明の最高傑作を返して欲しいと思うのは順当な愛国心であろう。芸術品としての価値に気づくのが外国より遅れ、優れた作品の多数は海外美術館所蔵、という浮世絵とは少しケースが違うようである。

左上は今年初夏、ロンドンへ行った際、大英博物館の「エルギン・マーブル」の前で撮った一枚である。右は帯〆になるべくアテネの道端でみそめられたブローチである。
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