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市川海老蔵ロンドン公演 Sadler's Wells 

海外公演は一昨年のパリでの襲名披露以来だという市川海老蔵を観るため、ロンドン週末旅行を計画したのは今年の頭である。まだ先の話だと思っているうちにいつの間にか6月になり、あれよあれよという間にユーロスターに乗っていた。

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一緒に行った友人いわく、今までは「歌舞伎海外公演をしよう」から始まり、その後「どの役者が行けるだろう」という順番が一般的であったという。「市川海老蔵海外公演をしよう」という形式が確立されつつあるのはやはり歌舞伎史上において斬新で重要なことであるらしい。
演目は海老蔵が藤の精となって舞う「藤娘」と「色彩間苅豆(いろもようちょっとかりまめ)」、通称「かさね(累)」、敵同士とは知らずに恋人となった与右衛門(海老蔵)と累(亀治郎)が登場する舞踊劇である。6つの英紙に載った劇評に目を通した限りでは「藤娘」よりも怪談演目の「かさね」に感心したジャーナリストの方が多かったようだ。市川亀治朗への賛辞も目立っていた。かさねが亡霊に取り付かれていく様子はあまりにも凄まじく、私などはゾッとしてしまい怪談の効果てき面、まさに納涼歌舞伎であった。

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海外公演での演目は一体誰がどのようにして決めるのだろう。海老蔵の魅力をイギリスで魅せ付けるという点ではもっと効果的な演目があったのではないかという印象がどうしても残った。今回の宣伝記事などを見ると、海老蔵は今までの團十郎家の役者とは違い女形もこなし、テレビや劇でも活躍中であるということを強調した文章などが目に着いたが、私は何もマルチタレントである必要はないような気がする。海老蔵のような助六役者には荒事を極めて欲しいと思ってしまう私はなぜ「藤娘」と女形が映える「かさね」が選ばれたのかが少し不思議であった。

そういえば一昨年のパリ公演でも海老蔵は「鏡獅子」で可憐な少女を演じていたが、この演目は少女の舞いと獅子の精の勇敢な踊りという対称的な二役を一人で演じ分けるのが見所のためか、その時は感心して観ていたのを覚えている。来年春のパリ・オペラ座大歌舞伎での演目は「勧進帳」、「口上」、「紅葉狩」であるという。歌舞伎十八番の「勧進帳」では團十郎と海老蔵が日替わりで弁慶と富樫を演じるらしい。まだ来年の話だが「待ってました」と言いたくなる。

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めずらしく30度を超えたロンドン。しかたなく紺色の絽を選び、「藤娘」にちなんで藤色の博多献上に帯締めを合わせた。この着物はすすきや撫子などの秋の草花模様なので本当は8月の後半から暑さの残る9月の頭までの短い期間に着るべきものらしい。

旅行には大体いつも本を一冊だけ持っていくが、今回は海老蔵のお母様である成田屋宗家夫人、堀越季実子さんの本をユーロスターの中で熟読した。着物自慢で終わる本も多い中、品のある文体に、歌舞伎界のしきたりや成田屋の柄や紋などのお話が勉強になる本であった。梨園に嫁ぎ、歳月をかけて培われた「出ず入らず」の装いはためいきがでるものばかりである。住む世界が違うのは承知ながら、本当にいいものに自分なりに少しずつでも触れていきたいという欲を出させてくれた。

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「堀越希実子の着物ごよみ」
主婦の友社
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BRIDAL SHOWER IN PINK 

一ヶ月前、「招待状」と書かれたカードが届いた。中を開けてみると友人のブライダル・シャワーの場所と日時、そしてドレスコードが明記してある。「ピンクと白を着用のこと」とあった。

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► ろうそくからナプキンまでピンクで揃えたテーブル(右)今日の主役のローラ

ブライダル・シャワーとは結婚間近の女性を女友達だけで祝福するパーティーである。もともとは新婚生活に必要なものをお祝いとして贈る実用的な会であったらしい。最近は遊び心のあるプレゼントの方が目立ち、ゲームなどをしながら楽しむ会に形を変えたようだ。

楽しむといってもBachelor Party(独身男性パーティー)や Bachelorette Party(女性版)とは少し趣向が違う。(英国ではそれぞれにStag Party、Hen Party) こちらは独身生活の最後に羽目を外すのを目的とし、お酒が沢山入り、ストリッパーなどを呼んだりもするらしい。ちなみにフランスではこのようなパーティーはEnterrement de vie de garçon/jeune fille という名前で知られている。「青年/娘人生の埋葬」という意味である。

7月に挙式を挙げるローラのために日曜日の夕方から9人の女友達が集まった。

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► 白桃色の付下げに白地銀松模様の袋帯(右)サマーベリーズを浮かべたキール

シャワーの飾りはお花からお皿まですべてピンクで統一。深いピンク色をした食前酒、キールにはラズベリーやブルーベリーが浮かべてある。
キールを飲みながら一人ずつローラに質問をして答えを書き留めていく。「彼の好きなフランス料理は?」「2人が始めて一緒に観た映画は?」食事の後に来る未来の新郎にも同じ質問に答えてもらい、2人の答えが何問一致するか、2人がどれだけ理解し合えているかを試すゲームである。

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► デザートはトロピカルフルーツのシャーベットケーキ

ピンクの包装紙に包まれたプレゼントは下着やアート本、ピンクのファーのついた手錠(!)やティーセットなど色々であった。食後はゲストがそれぞれにローラと末永く幸せに暮らすためのアドバイスを書いたカードを未来の新郎のために用意したのだが、まったくこれも人それぞれで面白いものである。私のカードにはこんなレシピを書いてみた。

<(Big Hug + Kiss on the Forehead) x As Many as Possible> x EVERYDAY

デザートに入る頃、ローラの婚約者が到着。彼が持参したワインはもちろんロゼである。

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► 婚約者はドイツ人。パーティーの最後にはドイツのサッカーチームユニフォームを着せられ、頬にドイツの国旗を描かれたローラ

ロッシーニ風甘い生活 

ローマに発つ直前に長靴の形をしたイタリア半島のふくらはぎの部分に位置するマルケ州のペーザロへ行っていた。日にちが前後するがこの街で知った雑学を覚書しておこう。

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アドリア海に面したペーザロはオペラ作家ロッシーニ(Gioacchino Antonio Rossini, 1792~1868)の生まれ故郷であるという。24歳のときの作品「セビリアの理髪師」でヨーロッパ中にその名声がとどろき、あまりの人気にウィーンでのベートーヴェンの人気をかげらせたというロッシーニ。彼は生涯に39のオペラを作曲し存命中はイタリアオペラの最も人気のある作曲家であったらしい。

しかし実質の作曲活動期間は20年に満たない。1829年に歌劇「ウィリアム・テル」をパリで初演し大成功を収めた後、突如音楽界から引退している。この時ロッシーニは37歳。それも引退の理由が料理に没頭するためであったという。彼はその後パリで高級レストランを経営し、ボローニャでトリュフを掘る豚を飼育する日々を過ごしたとか。

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そこで初めてなるほど、と膝をたたいた私。今でも「ロッシーニ風」と名付けられたフランス料理があるが、希代の美食家であったロッシーニのレシピが健在なのである。若くして富と名声を手にし、多くの女性と浮き名を流し、グルメ三昧に明け暮れたというロッシーニ。35歳で亡くなったモーツァルトや若くから難聴に悩まされたというベートーヴェンに比べてDolce Vita(ドルチェ・ヴィータ、甘い生活)を堪能しただろうと思うのは単純すぎるだろうか。

ペーザロのオペラ座は「ロッシーニ劇場」と名付けられている。あまりにも飾り気がないファサードのため一瞬前を通り過ごしそうになったが内装はさすがである。比較的小さな街にもこのようなオペラ座があるのがこの国らしい。思いがけず劇場に行ける事になり ローマにも持って行った黒の紗合わせと博多献上帯が役に立った。

いつかは開きたい豪華な夕食会のためにロッシーニ風レシピを1つ書き留めておこう。

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「Tournedos de bœuf Rossini」(ロッシーニ風牛フィレ肉のフォアグラ添え)

材料(2人分)
牛フィレ肉 2枚 (一枚100g)
生フォアグラ(ガチョウもしくは鴨) 100g
黒トリュフ 5g
トースト 2枚
マディラ酒 50cc
バター、小麦粉、塩、コショウ 適宜

作り方
1.フォアグラを2枚に切り、マディラ酒に一時間程つけておく。少し乾かし、塩・コショウした後、小麦粉を軽くまぶし、バターでソテーする。
2.フライパンにバターを溶かし、フィレ肉をレアに焼く。
3.マディラ酒を煮詰め、フィレ肉を焼いた時の肉汁とバターと小麦粉を混ぜたものを足す。4.トーストの上にフィレ肉、その上にフォアグラをのせ、トリュフを散らした後、マディラ酒ソースを全体にかける。

ローマで着物 

もう単衣の季節だというのにパリはひどい天気が続いている。今日などは雨が降り、気温は14度程度である。パリの灰色空とつい先週のローマの雲ひとつない青空のなんて対照的なことであろう。イタリアでは着物から小物まですべて夏物にしていたのに、しっとりと汗がにじみ日傘を差していても石畳に跳ね返る日差しが眩しいほどであった。

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ローマに経つ直前に裏イタリアのペーザロに行く用事があったのだが、そこでのあまりの太陽の強さにローマ用の旅行かばんには薄物をつめることに。

一日目は紺地絽付下げにした。メダカが列になって泳いでいるこの様子、カナダ人の友人には流れ星に見えるらしい。市松模様の帯を合わせたがこの柄は江戸時代以前は「石畳模様」と呼ばれていたとか。パリよりはるかに多く残っているローマの石畳の上で思いがけず模様合わせである。

クリーム色の絽付下げは2日目のお茶会で初めて袖を通してみる。ローマ日本文化会館ではイサム・ノグチの楮紙を使った証明器具が展示されていたが、絹の絽も光がほのかに透けて和紙に似ている気がした。

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今回は行事がしっかり詰まっていたので街を見て回る機会もほとんどなかったのだが開いた時間に連れて行ってもらったレストランがとても良かった。席につくなりモッツァレラ、ズッキーニのフライ、プロシュートなどのアンティパスティ(前菜)が十数種類も運ばれてくる。あまりの量の多さに友人達は前菜止まりである。私はあさりのスパゲッティを試し自分の胃の大きさに感謝をしたが残念なことにその後肉料理を頼める程の容量はなかった。

0506_rome(34).jpg0506_rome(36).jpg Il Pantheon

アンティパスティだけなら一人11ユーロ(1500円)。ナボ-ナ広場やラファエッロが眠るパンテオンに徒歩で行ける距離の歴史地区内にあるレストランである。

Ristorante L'Orso 80
Via dell'Orso 33 Roma
tel. +39.06/6864904 - +39.06/6861710
Metro: Lepanto
月曜日定休
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