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聞香(もんこう): 香を聞くこと 

香は「嗅ぐ」ものではなく「聞く」ものだと知ったとき、又日本語に一本取られたような感じがしたのを憶えている。

0206_kodo(4).jpg 遊女禿聞香図

先週、マレ地区での香道のデモンストレーションに誘ってもらい,土曜日の午後に足を運んでみた。仏教と共に日本に伝えられ、仏様の供香(そなえこう)から始まり、お部屋や衣装に香りを移す薫物(たきもの)として活用されたお香は次第に和歌や文学と結びつき、雅な遊びとして親しまれ、やがて「道」としてまで確立されたという。

この遊びとは「組香」といい、乱暴な言い方を承知で書くと「香り当てゲーム」である。一定の作法のもとに何種類かの暖められた香木の微かな香りを鑑賞し、その異同を聞き分ける。5つの香木を使う源氏香ではなく、三種香の席に参加させていただいたのだが、3つの香木ともそれぞれに「いい香り」だということだけしかわからず、私の答えといえばまったくの的外れであった。

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香りといえばフランスでは香水だが、この国には政府の制度として「Le nez(ル・ネ=鼻)」という一流の香水調合師にだけ与えられる称号が存在する。香水界で最高の権威を持つ「鼻」はフランス国内に50人程おり、3000種類もの香りを区別するという。フランスでは「鼻(ネ)」という言葉自体が「調香師」と同義語である。

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そういえば台北を訪れた時、お茶を飲む前に青茶の香りを嗅ぐ専用の茶杯を「聞香杯」というと習った。あえて「嗅ぐ」のではなく「聞く」という表現を選んだ東洋とパーフューマーを「鼻」といいあらわす西洋。「左脳・対・右脳」「情緒的・対・論理的」のような「東洋・対・西洋」二分法に視点を当てた研究論などに出てきそうな例である。

「鼻」の称号を持つほとんどの調香師が香料産業発祥地、南仏プロヴァンス地方のグラース(Grasse)出身、もしくはこの地で修行を積んでいるという。今でも香水産業6割の生産量を誇るこの町は香料植物栽培に適した温暖な気候に恵まれた趣のある城下町であるらしい。この香水のメッカで咲き誇っているというラベンダーやローズマリーを「聞く」旅にいつか行ってみたいものだ。

photos: Shoei-do, Thames & Hudson
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パリ・オペラ座の陰翳礼讃 

昭和8年に発表された谷崎潤一郎氏の「陰翳礼讃(いんえいらいさん)」は仏語で「éloge de l’ombre(意:陰の賛美)」と訳され、建築科の講義等でも使用されている。私は海外の美術館で観音様などが明るい照明の下に陳列されているのを見るたびに少し胸を痛め「ここのキュレーターはあの本を読んでいないのかしら」などと思ってしまう。この著書の中で谷崎氏はかげの中にこそ日本の美の本質があるとし、西洋の美との相違を指摘している。

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われわれ東洋人は何でもないところに陰翳を生ぜしめて、美を創造するのである。(中略)美は物体にあるのではなく、物体と物体の作り出す陰翳のあや、明暗にあると考える。(中略)陰翳の作用を離れて美はないと思う。

雪の降っている日に比叡山を巡礼したことがあった。今でも記憶に残っているのは本堂の暗闇とお香の煙の中で微かに金色の光をはなっていた仏像の美しさである。この時、谷崎氏の文章が視覚化された感があったが、実はパリでも似た感覚を持つことがたまにある。

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先日William Forsytheのモダンダンスを見に行った時もそうであった。白い蛍光灯を使用している新オペラ座と違い、1875年完成のガルニエ・オペラ座は一歩入ると緩いオレンジの明かりに包まれる。金と真紅を基調とした観客席は贅沢で華美な装飾で覆われているにも関わらず落ち着いた品のある空間である。天井の隅に施された金の浮彫模様などは「陰翳礼讃」の文章を彷彿させる。

(前略)もう全く外の光が届かなくなった暗がりの中にある金襖や金屏風が(中略)ぽうっと夢のように照り返しているのを見たことはないか。(中略)私は黄金と云うものがあれほど沈痛な美しさを見せる時はないと思う。

たとえ日本人であっても蛍光灯で育った現代人は西洋にあって暗がりの美を感じることが出来るようだ。この日は真綿紬を着ていったがこの劇場にはやはり柔らか物の方が似合う気がする。今度行くときは金箔袋帯を紋付色無地に合わせてみようか。薄暗い客席内の金色のお太鼓に陰翳の美を見てくれる人がもしかしたらいるかもしれない。

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谷崎潤一郎著「陰翳礼讃」
中央公論社

パリ・邦画事情 

名前と出身地を尋ねられたので答えると「僕がこの前観た映画の通りじゃないか!」、と目を輝かせたフランス人がいた。1982年のカンヌ国際映画際に出品された高林陽一監督の『雪華葬刺し(せっかとむらいざし)』は京都を舞台とし、茜(あかね)という女性、彼女の恋人、天才刺青師とその弟子の複雑で奇妙な人間関係を描いた物語である。

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小津安二郎や黒澤明などの作品名がすらすら出てくるシネフィルはパリには少なくない。恵まれた映画環境と商業的でないシネマに対する感性が備わっている場所である。パリ市内だけで大小100以上の映画館があり、1週間に300本あまりのフィルムが上映されている。必然的に新作だけでなく古い映画も沢山あり、輸入物も数多い。

例えば今村昌平の作品ばかりをある期間まとめて上映していたり、北野武の作品が日本に先駆けて観られたりする。『となりのトトロ』は大抵、数箇所の映画館でやっているようだ。

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これはもちろん邦画だけに限ったことではない。イランや中国やアルゼンチンやセネガルの作品もこの街ではそうして上映されている。しかし邦画を含むアジア映画への興味がここ数年特に著しいのは確かだろう。それにこれは今に始まった事ではないと思うが文化度の高さを自負するフランス人はハリウッド映画に拒否反応を示し、溝口健二の『雨月物語』や大島渚の『愛のコリーダ』について語るのを好むとするのが常のようだ。

アジア映画びいきの友人に進められて日本の映画を観にいった。「白黒の美しい作品で女優の役名があかねに似ている。」という。1965年作の『清作の妻』は増村保造監督と若尾文子コンビで作られた数多い映画のうちの1本である。日露戦争に揺れる日本を舞台に若尾文子が白黒の明かりで一層目映く、モノトーンでしか見えないためか着物の柄や質感に余計目が引かれる。

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たしかに彼のいう通り大変美しい作品ではあったが「あかねに似た名前」とはどうも清作の妻、「お兼(おかね)」のことであったらしい。

photos: http://www.allocine.fr

祖父自慢 その1 母方編 

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少し自慢をしてしまおう。私には2人のとても素敵な祖父がいる。

「いる」としてはいけないのかもしれない。父方の祖父は8年前に98歳で亡くなり、今健在なのは現在96歳の母側の祖父だけである。父の「大阪のおじいちゃん」に対し、アメリカで生まれ育ち、東京に住んでいた時期のあった母方の祖父は「アメリカのおじいちゃん」であり「東京のおじいちゃん」でもある。今は私の両親の近くに一人暮らしをしており「京都のおじいちゃん」となっている。出かけるときはスカーフと帽子を欠かさない祖父の事を私の幼馴染は「お洒落なおじいちゃん」と呼ぶ。この年になっても周りに細かい気配りのできるいつも凛とした祖父である。

年末京都に帰った折、祖父に数枚きものを貰った。手の器用な人であった祖母が縫ったものもある。もちろん男物なのでそのまま着るというわけにはいかないが、どうしても受け継ぎたい。艶のある深い色の紬たちを自分用にリフォームできたら自慢の祖父から譲り受けた自慢の品になるだろう。

バレンタインの日にパリから「京都のおじいちゃん」へ尊敬の念と大きな愛情を贈りたい。

オペラ 「ドン・ジョヴァンニ」 オペラ座 Opéra Garnier 

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モーツァルトのオペラ「ドン・ジョヴァンニ」を観に行った、と書くと嘘になってしまうかもしれない。聞きに行ったとしておこう。

普通は舞台が見えにくい席は値段も格段に安く、チケットにvisibilité réduite (=視界に制限あり)と明記してある。私達の席はそのカテゴリーのものではなかった。Baignoire(=浴槽)と呼ばれる一階桟敷席はかつては家族ごとに占有していたというボックス席で入口にはコート掛け、鏡、ソファなどが置いてあるコーナーがある。でもステージ近くの真横に位置する上、2列目だったのもあり、舞台半分は死角になってしまう。どうしたものか。

ちょうど一年前、奮発して「オテロ」の最終日の眺めのいい席をとったことがあった。なのにその日がパリの交通機関ストライクと重なってしまい、大道具さんが来られないという。隅から隅まで見渡せるだだっ広いステージにはオペラ歌手達と2,3脚の椅子以外、見るに目ぼしいものは何もないという事もあった。

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昨夜のオペラでは声はすれども姿が見えずの状態が多く、少し乗り出す姿勢にも疲れた私の視線は自然に舞台から離れ、指揮者の腕の動き、シャガールの天井画、客席のバルコニーの装飾、そして観客の顔に泳いでいった。余談だが、見られていると意識していない何かに集中している人の表情というのはいいものだと思う。

普段はあまりにも役者さんの動きや字幕ばかりを追い、視覚に神経がいってしまっているのだろうか。今日はなんだか耳が研ぎ澄まされたようで初めて聴覚をメインに楽しんだオペラ鑑賞になった。

初めてといえばその日はもう1つ初めてがあった。丸帯を締めてみたのだ。表裏ともに柄が織り出してある為ずっしりとしていて結びにくい。お太鼓を作りながら、小さい頃に厚紙で折り紙をしようと試みたのを思い出した。

photos: Jacques Moatti et OT Paris/Claire Pignol

中國新年とエトランジェ 

2004年は「フランスにおける中国の年」であったが、その年の中国のお正月にエッフェル塔が真っ赤にイルミネートされたのは私の記憶にまだ新しい。

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中国新年の夜はいつも爆竹の破裂音が鳴り響き、爆竹の紙が散乱した翌朝の街路は赤いじゅうたんをひいたようだ。今年の中国のお正月は西暦でいう1月29日。15日後の元宵節までお祝いが続くそうだが、昨日は毎年恒例のパリ中華街新年パレードが開催された。

パレードに着物で出かけようとする私を危ないと止める友人を見て、数年前の中華街での出来事を想いだした。私は日本人だからという理由で個人的に中国人に嫌な態度を取られたようなことは一度もないが、東洋人であるがために不愉快な思いをしたことは数回ある。

普段なら中華街を抜けるバスに乗っていた。運転手さんのアナウンスが入る。「中国新年パレードのため、チャイナタウンを通らず、迂回いたします。」その時、隣にいたマダムが私に向かっていきなりこう言ったのだ。「よその国に住まわせてもらっている外国人の分際で私達フランス人にこんな迷惑を掛けるなんて敬意がないのも甚だしい」

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降りるはずだったバス停が中華街にあったのだろう、とりあえず東洋人である私に不快さをぶつけてみたらしい。結局マダムは周りにいたフランス人の乗客や私の友人のブーイングに会い、文句を言いながら次の停留所で降りていった。

彼女が使った「étranger、エトランジェ」は「外国人」の他にも「よそ者、部外者」などといった意味を持ち、語源は「étrange、エトランジュ=奇妙な、風変わりな、(古) 恐ろしい」である。欧州他国のこの言葉にも同じ傾向が見られるようだがあまり好きになれない言葉である。

photos: SNTE/EDF/Christian Bamale et www.xpo-photo.com

祖母の形見の話 

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たしか三島由紀夫が著書『金閣寺』の中で「この世を去ったものは愛されやすい形をしている」というような事を主人公に言わせていたと記憶するが、一理あるのかもしれない。私は一度も面識のない、若くして亡くなった父方の祖母に幼少のころから絶対的な憧れのようなものを抱いている。明治生まれの女性なら当然なのだろうが、写真の中の彼女がいつも着物姿なのも私の想いに滑車をかけたようだ。

祖母の着物は私の手元には一枚も残っていない。戦時中でもあり、親戚に分けられたり他のものに作り変えられたりしたと聞いた。長い間祖母の形見は写真だけと諦めていたが、思いがけず彼女の持物を受け継ぐことになった。

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数年前、伯父が「こういう物が残っていたから」と祖母が使っていた瑪瑙(めのう)のかんざしを私にくれたのだ。赤褐色の石をつぼみに見立て、金細工の葉が添えてある。さらに去年、父が祖母の嫁入り道具だった桐箪笥2竿(さお)を祖父母の家から運んでくれ、痛んでいた部分を修理してくれた。パリにおけない着物が京都で祖母の和箪笥に整理されていると思うと安心する。かんざしはパリの私のもとにあるのだが、落とすのが怖くてまだ外にはつけて行ったことがない。

祖母の形見が今手元にあるのも着物熱の功名というものか。祖母が亡くなった年齢にあと数年で追いつく。
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