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女心と秋の空 

私のあまり女性らしくない部分として、可愛いらしい小物やアクセサリーをほとんど身に着けない、というのがある。話し方のせいか「ぶりっ子っ」などと言われたこともあったが、自分自身は少女の頃からあまりにも甘すぎる趣味のものは敬遠していた記憶がある。

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着物に興味を持ち始めたのはここ数年だが、特に着物では渋めに惹かれる傾向が強かった。今まで何回「もうちょっと可愛らしい色のんにしときよし」と言われただろう。それにもかかわらず好みは決まっているつもりでいたが、最近自分の心変わりに気づきつつある。

上は年末年始に京都で選んだ和装小物達である。右からぴぐさんの赤蝶々帯揚げに魅了され、真似して購入したゑり萬さんの飛び絞り、一目惚れしたきねやさんのバラ匹田絞り、先日の白結城と合わせた紬の帯揚げ、そして伊勢丹さんのセールで見つけたものである。 こうして並べると明らかに最近は可愛らしい色ばかりに目がいっているのがわかる。一年前に購入した下の帯揚げ達と比べると好みの変化が一目瞭然である。

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男性の趣味で例えると竹中直人からブラッド・ピットに好みのタイプが変わった感じか。
我ながら心変わりもはなはだしい次第である。
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季節外れの桜の話 

古典で「花」といえば桜のことを指すように日本で最も馴染み深いこの花に私は日本人の例に漏れず愛着を持っている。悲しいことに「花」が開く季節に日本に帰ることはまれで、10年あまり円山公園の祇園枝垂桜を見ていないように思う。花と葉がほとんど同時に顔を出すパリの桜を見ながら「ヨーロッパの気候は桜に適してない」と毎春うそぶく私は、花だけでなく桜の樹皮も大好きである。

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パリ4区にある老舗の紅茶屋さんMariage frèresで桜皮の茶さじを見て「桜ですね」と言ったところ、お店の方にえらく感心されてしまったことがあったが、日本人なら誰でもあの特徴ある樹皮を見れば花が付いていなくとも、すぐにそれだとわかるのではないだろうか。

先日、京都に帰っていた際に着物好きの方達とお出かけする機会に恵まれた。大阪にある履物屋さんへも連れて行ってくださるという。皆さんがオーダーをされている間、色華やかな鼻緒や網代の台に見入っていると桜皮の下駄台が目に入った。物との出会いも人とのそれに似ている。初めは特に何も感じないのに、後からとても気になってしまう時もあると思えば、見た瞬間ドキドキしている場合もある。この下駄台との出会いは後者の方であった。

zori(13).jpgさくら子

この日は天気にあまり恵まれなかったのだが、結局どうしても着たかった伯母の小千谷縮に鳥獣戯画の生紬帯を合わせた。この夏物は去年、手洗いをした際に絞った布巾のように縮んでしまい、心臓が止まる思いをした着物である。アイロンで何とかもとの形に戻ったものの、ドキドキしながらも小雨の中をこの着物で出かける大雑把な性格は直らないらしい。
実はこの日初対面の芦屋の真美さんもいらしていて少し緊張していたのだが、とても素敵な気さくな方で話にすっかり花が咲き時間が足りないと感じるほどに。
ドキドキの多い楽しい半日であった。

ノミの市で、宝探し 

フランスのマルシェと言えばやはり野菜や果物、地方のチーズなどが並ぶ食材市のイメージが強いのだろうか。パリには合計84のマルシェがあるという。その中には古本市、骨董市、鳥市なども含まれる。そして忘れてはいけないのが蚤(ノミ)の市である。

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パリ3大蚤の市の1つが世界一の規模、7ヘクタールの面積と毎週末20万人の来客を誇る通称クリニャンクールである。1885年から存在するとされるこの市の歴史は実際にはもっと古い。数世紀前からパリ市内には街で拾った物を道端で売って生計を立てていた人達が大勢いたらしい。風流にも「pêcheurs de lune(意:月の釣り人)」と呼ばれていたその人達を城壁の外へ追い出す方針をパリ市がとったのが19世紀中頃。城壁外側の門の近くで商売を始めた彼らの集団が蚤の市の原型である。今でもパリ3大蚤の市はパリに寄り添うように以前ゲートがあった場所に位置しており、クリニャンクール、モントルイユ、ヴァンヴという市の名前もそれぞれの門の名称から来ている。

クリニャンクールは市場というよりもガラクタと骨董品が詰まった小さな町のようだ。60年代まではレンブラントのエッチングが出てくる事もあったらしいがもちろん今はそうはいかないだろう。蚤の市から家に帰った瞬間どうしてその品を手に入れのかわからなくなる事も多い私であるが、たまに宝探しの結果に満足できることもある。

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暗闇から浮き出るような朱一色の牡丹が気に入り、購入したこの漆箱は中国から来た帽子入れらしい。帯締め、帯揚げ、半襟、伊達締めなどをそれぞれ風呂敷に包み、この箱に収納している。着物や帯、袖口から覗く襦袢の美しさはもちろんであるが着付けの際、襦袢に乗せる腰紐や伊達締めの色が好きである。少しずつ集めた帯揚げや帯締めの色目が重なっている様子は長い間見ていても飽きない。私には着物の裏方が詰まった宝石箱のようである。蚤の市の宝探しで見つけた宝箱である。

パリ3大蚤の市
*クリニャンクール(正式名はサン・トゥオン St.Ouen)
メトロ4番線:Porte de Clignancourt、13番線:Porte de St.Ouen
*モントルイユ
メトロ9番線:Porte de Montreuil
*ヴァンヴ
メトロ13番線:Porte de Vanves

アンティーク・オペラバッグ 

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6年程前だったか母とベルギーに行った折、首都ブルッセルの日曜のみ市に遭遇した。そこで目に止まったのがこの黒いサテンのオペラバッグ。ピンクの小花の刺繍が控えめに散らしてあり、口の部分に真珠が並んでいて愛らしい。手にとって中を覗いてみた瞬間、どうしても欲しくなってしまった。

バッグの中には鏡、くし、口紅、香水、おしろいがすでに組み込まれており、その他には何を入れるスペースもない。入ってもハンカチ一枚くらいのものであろう。

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お店の人いわく、19世紀のフランス製らしいが女性の外出時の所持品が自分を美しく見せる品だけでよかった時代であったらしい。

口紅と香水瓶は空だったが、白粉がほんの少し残っていた。きものを着たときにたまに持つのだが、鏡を見る時にだけ開け、もう1つバッグを携帯することになってしまう。連れ合いに自分の物を持たせるのも気が引ける。いつかこのオペラバッグだけを片手に気兼ねなく出かけられる日が来るのだろうか。
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