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一年に一枚と一本宣言 

袷の季節になってから久しく時間が経ってしまったが、今年最後の単衣の記録をつけておこう。去る8月から9月にかけて日本に帰っていた間、案の定お着物屋さんへ向かう足を止められず、購入したばかりの単衣に袖を通し、いそいそと出かけている私の後姿が下の写真である。

kyoto1.jpg akeさまにご案内いただいた京町屋、杉本家

着物の先輩に進めていただいた綺麗な色の小紋はおそらく自分では選べていなかった初めての柔らか物の単衣。唐織の帯はいわゆる「衝動買い」であったが、手持ちの着物に合わせやすそうだ。草履の鼻緒はお店のご主人に「これにしとき」と言われ、素直にうなずいたものである。

全てとても気に入っているけれど、やっぱりこういう贅沢には少し後ろめたさを感じてしまう。お値段だってどちらかと言えば可愛らしい部類だが「チリも積もれば。。」という言葉が頭に浮かぶ。でも、せっかくの機会だし、少しまけてもらったし、最近仕事頑も張ったし。。自分を上手になだめて、おだてて、丸め込み、たとう紙をうちで開ける頃にはちゃっかりワクワクしているのである。

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私はタバコを吸わないが、「禁煙宣言」をするスモーカーの気持ちがわかるような気がしている。公言することによって自分の手を縛ってしまいたいのだろう。この場を借りて私も「一年に一枚と一本宣言」をしてみたい。今後は一年の間に、一枚の着物と一本の帯しか作らない、という意味である。洋服感覚でお着物を買い集めてしまったこの2年半。勉強代は結構高くついてしまった。ニコチン依存者はタバコを吸わないと手が震えたりするというが、着物依存症の禁断症状とは一体どのようなものなのだろう。それらしき症状が出たら又ここでご報告したい。
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花冷のパリにさくら咲く 

春分を目前にパリでは週末に霰(あられ)が降り、今朝は牡丹雪が散らついた。寒の戻りにも負けず、職場の庭園で頑張って開花しているのは日本からの寄贈品の染井吉野と八重紅枝垂(やえべにしだれ)である。堂々とした幹に白に限りなく近い淡紅色の花をつける染井吉野にも惹かれるが、あふれ出る花を重たそうに持ち、たおやかな曲線を作る枝垂桜(しだれざくら)が私はとても好きである。

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「枝は伸びると重力によって下に垂れそうになるが、ふつうの植物にはそれに打ち勝つだけの力があり上(太陽)に向かって伸び続ける。しかし枝垂桜にはその力がなく、人間が支え木などをして育てていかないと大きくならない」と、ある花のサイトにあった。頼れるものには頼る、というこの枝垂桜の末っ子根性がなかなか私の共感を誘う。

そんなことを考えていた矢先に枝垂桜意匠の塩瀬帯をネットで見つけた。新潟県五泉市産の生地は薄いクリーム色に染められている。優しい色とあどけない雰囲気の枝垂桜がとても気に入ったが、絶対に必要なものではない上に締めれる時期に限りがありすぎてオーダーをためらっていた。

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散々悩んだあげく、来月にせまった私の誕生日に両親からプレゼントしてもらうという案に無理矢理たどり着いた。来春こそは桜の帯を締め、日本の季節をまとえると思うと今から楽しみである。今だにこうやって親を頼るところが支え木を必要とする枝垂桜っぽい、などと自評してみたところで誰も感心してくれないであろうし、枝垂桜も迷惑かもしれない。

photos: kimonoichiba.com

クリスマスの義理チョコ 

クリスマス前のパリはちょっとした緊急事態である。イルミネーションが街を飾り、市役所の前にアイススケートリンクがオープンすると、街中はあわててクリスマスショッピングをする人で溢れかえる。12月は、あのフランス人がデパートを日曜日にも営業してしまう程、一年で一番の仕入れ時なのである。

この国ではやはり多くの人にとって家族の大行事であるようだ。イブの日には親戚が集まり、夕食を一緒にとり、プレゼントを渡し合う。お正月の親戚の集まりで子供たちにお年玉を用意するのと似ているのだろう。気持ちはどうであれ、あげないと親戚一同にひんしゅくをかうのは火を見るより明らかである。

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そんな親戚同士の義理チョコに少しうんざりしていたところ、取決めとは関係のない贈り物をいただいた。「あかねさんに似合うと思って」と手渡されたのは西洋刺繍のほどこされた塩瀬名古屋帯である。送り主はヨーロッパ着物生活の大先輩であり、私が着物に目覚めたきっかけを作ってくださった方である。「グレーの渋いお着物なんかに合わされたら絶対素敵」という言葉を思い出し、鼠色無地紬の反物に重ねて写真を撮り、お礼の手紙に同封した。

私は毎年どれだけ取決めではないプレゼントを贈れているのだろうか。相手にどれだけ喜んでもらえる贈り物ができているのだろうか。

Des Fleurs Partout  

私は少し悲しくなるくらいの火の手の持ち主である。観葉植物をすぐに枯らしてしまう、あれである。メトロからうちまでの間にある3つの花屋さんでは甘い香りを放っているジャスミンのポットや、虹色の紫陽花の植木には涙を呑み、切花を求めるようにしている。

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パリでフローリストの修行をしていた人に聞いた話だが花単品で見ると日本に比べてフランスの方が値段はかなり安いらしい。でも典型的なパリのプレゼント用の花束、ブーケ・ロン(bouquet rond 意:丸い花束)に使われる花の数は相当なものなので値段もそれなりになるという。彼女の印象では一般的に花に掛ける予算も花を贈る習慣もフランスの方が多いのではないかということであった。

先日誕生日であったのも関係して花束を贈ってもらう機会が続いた。花とグリーンが詰まったブーケ・ロンは丸く完成した状態に仕上がっており、普通そのまま花瓶に入れればいいようになっているのだが1つの花束は手持ちの花瓶には入らきらず、いくつかに分けて生け直すことになり、突然部屋が花で溢れた。

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今はブーケ・ロンとは対照的な華奢なすずらんの花束をフランス中で目にする季節である。5月1日はフランスでも祝日で、この日にすずらんを贈ると良いことがあり贈ってもらうと幸せになると言われている。お花屋さんではもちろん、街角にもすずらん売りの屋台が建てられ、この日はすずらんの日(Le jour du muguet ル・ジュー・ドゥ・ミュゲ)とも呼ばれている。
もう一つ私に春を感じさせてくれるのが日本でもなじみの深いフランスでGlycine(グリシン)と呼ばれる藤である。建物のファサ-ドに紫色の花房を垂らす様子には足を立ち止めて見とれてしまう。誕生日の食事には淡い藤色の染抜き一つ紋色無地に西陣名物裂模様の名古屋帯を合わせ、花尽くしにしてみた。

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贈り物の花束と街角の春の花は私の生活に色を足し、幸せな気分にさせてくれている。色とりどりのブーケは私にフランスの画家アンリ・マティス(Henri Matisse 1869―1954)のこんな言葉を思い出させてもくれた。

Il y a des fleurs partout pour qui veut bien les voir

「見たいと願えば花はあたり一面にあるものだ」という意味である。

美人 麗人 佳人 粋人 

ここ数年、私の周囲はすっかりベビーブームだ。そこでいつも感心するのが子供の名前を選択する際のフランス人の淡白さである。

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フランスでは最近まで子供にはキリスト教の聖人の名前をつけねばならないという法律があった。カレンダ-にはカトリック法王庁が定めた聖人の祭日が毎日書き込まれており、自分のファ-ストネ-ムと同じ聖人の祭日を第2の誕生日として祝う習慣がある。名前の規制がなくなった今、外国の名前を取り入れたり、創造したりする傾向も少しは出てきてはいるらしいが突飛な名前が続出している日本とは程遠い状態であり、最近の赤ちゃんの名前も大半が聖人のものだ。これが個性を重視するとされるフランスと出る釘はなんとかと言われる日本なのだから面白い。

元来の日本の名前の付け方はとてもいいものだと思う。苗字とのバランスを考え、縁起のいい画数を考慮に入れながら漢字を選び想いを込める。去年、姉のお腹が大きかった間に広辞苑を片手に姉と頭を捻ったのは楽しい思い出である。候補に挙がった女の子の名前を眺めながら女性の褒め言葉の話になった。

今年96歳になる義祖母いわく古くから女性を褒める表現に『美人、麗人、佳人、粋人』の4つがあり、美人は幼い時、麗人は年頃、粋人は年配の女性を賞賛する言葉で、佳人は最も広くに女性を愛でる際に使うということ。「美」は羊+大で大切な家畜である形のよい大きな羊、「麗」は鹿の角が綺麗に並んだ姿、「佳」の「圭」は土を形良く積んだ形、そして「粋」は小さい米が綺麗にそろって混じりけのない様子をそれぞれ表した会意文字であるらしい。

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語源を見る限りすべて「容姿が優れた」ということだが、それぞれの言葉の違いを知りたいと思い、手元の国語辞典を開いてみた。しかし美人、麗人、佳人は同義語のようにしか書いていない。「佳人薄命」ともいうらしく「深窓の佳人」は「深窓の麗人」となってもいいらしい。イメージとしては「麗人」は育ちの良い華やかさを、「佳人」は聖人君子的な高い風格を、「粋人」は垢抜けた色気を兼ね備えている「美人」という感じか。

無事に決まった姪の名前は「京佳(きょうか)」である。家族の京都とのゆかりはもちろん、「京」は高台の家を表す象形文字で人が集う場所を意味するという。沢山の人が集まる姿も心も美しい女性になって欲しいという姉の想いが込められている。姉は名前を「親から子への最初の贈り物」だと言っていたが本当に大切にしたい初めての誕生日プレゼントである。

写真は去年のBABY SHOWERの友人に生まれたMaïaちゃん。現在6ヶ月。
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